背徳感のある食べ物が、たびたびテレビで特集されている。
例えば、深夜に食べる高カロリーのラーメン。
体には良くないと思いながらも、深夜に食べるラーメンは美味しい。
健康のために、規則正しい食生活をした方がいい。
それはわかっていても、その道徳心に背いてまでも食べたくなる。
「たまにだからいいか。」と自分を甘えさせる。
ところで、背徳感がつくものは食べ物に限ったものではない。
理屈ではわかっていても、それに反してしまうこともある。
背徳感のある行動をとる時は、人に迷惑をかけないようにしたい。
先ほど述べた深夜の高カロリーなラーメンのように、影響があるのが自分だけであれば、背徳感のある行動をしても差し支えはないだろう。
ところで、背徳感があるからといって、それが悲観的なものになるかどうかはその人次第である。
深夜にラーメン食べた。自分はダメだなぁ。後悔しかない。
深夜にラーメン食べた。とっても美味しかった。こんな自分が好きだ。
どちらも深夜にラーメンを食べた事実は同じであるが、その後の捉え方でこうも変わってくるのだ。
背徳感があっても自己肯定感があれば、前向きにやっていけるのかもしれない。


