余暇を過ごすは、「やりたいことをやって充実させる時間を過ごすこと」


余暇を過ごすには時間が必要である。

しかし、ただ時間があれば余暇を過ごせるわけではない。

もし自由にできる数時間があったとしても、SNSでつい延々と見てしまったり、悩んでいることをつい考えて落ち込んでいたら、それは余暇を過ごしたといえるのだろうか?

例えば、次のようなケースがある。

・平日、明日も仕事で早く起きなくてはならないが、何気なくスマホでSNSを開いた。
・10分くらい見たら寝ようと思っていたが、いろんな投稿を見たくなり、ついSNSに没頭してしまう。
・気がつくと2時間もSNSを見ていた。
・明日は寝不足で仕事をすると思うと気持ちが落ち込んでいき、ようやく眠りについた。

このようなケースでは、仕事や家庭のためではない「自分の時間」を過ごしてはいる。

このSNSを見た2時間は、余暇といえるのだろうか?

「余暇を過ごす」と聞くと、「自分のやりたいことをやって充実した気持ちになる」というイメージがある。

だが、このケースでは、SNSは自分がやりたかったことではない。

最初の10分くらいは自分の意志でSNSを見ていたが、それ以降はついつい見ていただけである。

そして、SNSを見終わった後は充実するどころか気持ちが落ち込んでいるのだ。

これでは、仮に余暇を過ごしたと解釈したとしても、「余暇を楽しめた」には到底ならないだろう。

ただ時間があれば余暇を過ごせたというわけではない。

日頃から、「自分は何をやりたいのか?」、「何をすれば自分が充実した気持ちになれるのか?」を考えておけば、時間ができた時に余暇を楽しむことができる。

余暇を楽しめる人になって、人生を豊かにしていこう!!


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