恋は下心、愛は真心


「心」が下にあるか?真ん中か?

「恋」という字は下に愛がある。

一方、「愛」という字は真ん中に心がある。


そんなことから、

「恋は下心、愛は真心」

という言葉を聞いたことがある。



この記事では、
その言葉の真意を考察していく。




ポジほわ
ポジほわ

漢字の意味を考えると面白い発見があるかもね!

恋って?下心って?

まずは「恋」から。


恋をしている。

恋しい。

好きで好きでたまらなくて、
ずっと好きな人のことを考えてしまう。

会えないと寂しいし、
話しができた日は、
ずっとニヤニヤが止まらない。



そんな一途な気持ちが恋なんじゃないかな?





そんな純粋な気持ちなのに、
「恋」は「下心」なのだろうか。



自分が考えるに、

恋に下心が出てしまうのは、
「好きな人」も「自分」も
大切にできない時である。




恋心が強くなりすぎると、
周りが見えなくなる傾向にある。


好きな人のためならと、
自分や他の人のことをおろそかにしたりする。


また、好きな人が素っ気ない態度だと、

「私がこんなに好きなのに、
なんで好きになってくれないの?!」

と、見返りを求めてしまう。




【「恋」と「変」っていう字は似ている。】

そんなフレーズも聞いたことがあるけれど、

恋することで、
本来の自分を見失って変にならないように、
好きな人を想うくらい、
自分のことも自分で思いやってほしい。



ポジほわ
ポジほわ

【「恋」の上部分】+【「愛」の下部分】
=「変」
恋も愛も「変」になる要素があるのかもね!

愛って?真心って?

次に「愛」。

恋が熟成すると愛になるのかな?


でも、親子愛や兄弟愛という言葉があるように、
恋ではない、「家族」という信頼関係が
あるからこそ築ける関係性もある。



愛してる。

愛しい。


隣にいるのが当たり前のような、
なくてはならない存在。


お互いの幸せを願い、
心身の健康を願い、
願いだけでなく、

栄養バランスのとれた料理をつくったり、
時には病院に付き添ったり、
どんな時も寄り添って支え合える。



人生を通じて相手のことを受け止めて、
一緒に人生を歩んでいける。



それが「愛」なのかなと思った。




「愛」は「真心」っていうけれど、
嘘偽りのない素直な心でいられるから愛なのかな。


そこに見返りがなくても、

どんな時も変わらずに、

全力で相手のためにできることをしている。



だから、愛は真心なのだ。


そう思った。




ポジほわ
ポジほわ

真心を持って、
愛のあるブログを書いていきます!

まとめ

恋も愛も心がある。


恋も愛も、壮大な意味があり、
人によって解釈もさまざまである。



どちらも、「人を思いやる心」がないと、
恋も愛も芽生えてこない。




人は、どうして、
「恋」という言葉と、
「愛」という言葉をつくったのだろう?




きっと、昔の人が、



「このドキドキする気持ち、
これを【恋】と名付けよう!」


ってなって、



「この幸せな気持ち、
これを【愛】と名付けよう!」


ってなったのかな?




恋と愛は違うような似ているような、
「恋愛」という言葉もあるくらい、
切っても切れない2つの言葉。



恋でも愛でも、
相手も自分も大切にしていこう!




ポジほわ
ポジほわ

「恋愛をして、人は成長する。」

この言葉も、
ドラマのワンシーンとかで聞いた気がするよ!

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